三野郡・都宇郡の遺跡・史跡
県営総合グラウンドで
今日の集合時間は10時、元気になったU氏の説明を聞く
津島遺跡&スポーツMUSEAM
遺跡発掘を担当した担当者の説明を聞く、クーラーが効いて快適
津島遺跡&スポーツMUSEAM2
特殊器台レプリカ
津島遺跡1
来年には史跡整備が完成、担当者の説明、久々のヘルメット着用
津島遺跡2
竪穴式住居、建物は全て発掘時の穴位置に基づき設置
津島遺跡3
構造は違うが同時代のもの、次に穀物倉庫建設、熱い(気温も)
津島遺跡4
茅葺き内部には石膏ボード、監視カメラも設置、放火が多いですから
尾針神社1
おばり、尾張、伊福部連(いふくべのむらじ)尾張連一族の居住地であった
尾針神社2
磐境、三身一体の岩、雰囲気がある
尾針神社3
N氏の解説、高松稲荷は稲荷教、しかし商売上手なところに人は集まる
国神社1
いい眺め! 創建860年の式内社、下の石段は元禄時代のもの
国神社2
総て再建され写真の対象になったのはこれだけ!
国神社3
本殿背部の磐座、鉄分があるのでしょうか赤錆び色が目立つ
妙見神社1
クルスはキリストではなく北極星を表している、間違わないようにと
妙見神社2
行場、妙見、「妙見大菩薩」の事、妙見大菩薩は真言密教の仏様、北斗七星を象徴に
松山長昌寺地蔵石仏
1412年造立、磨崖仏だったものが地震転落してここに
鼻ぐり塚古墳1
番外編から2度目の訪問、横穴式石室
鼻ぐり塚古墳2
馬頭観世音菩薩、憤怒の形相の三面六臂で正統な姿をしていると
鼻ぐり塚古墳3
昔の真鍮製の鼻輪を溶かして作った阿弥陀の宝号を刻印した金属板
鼻ぐり塚古墳4
大正14年に法人福田海開祖が創設、全国のと場から送られてくる
鼻ぐり塚古墳5
しょうまんぶじん尊像
鼻ぐり塚古墳6
磐座、ここまで綺麗に整備されると逆に.....
妙宝経塔下古墳1
吉備津神社境内の奥の西山麓、後期円墳
妙宝経塔下古墳2
現在長3.6m 玄室幅1.45m
妙宝経塔下古墳3
土砂で埋まってしまいしゃがんでようやく
妙宝経塔下古墳4
こちらの方が有名か、雰囲気がある、室町時代
吉備津神社1
長い回廊、随神門が西側と東側に
吉備津神社2
東側への回廊、備前の人は東から、備中の人は西から
吉備津神社3
屋根の吹き替え終了し綺麗になっている
吉備津神社4
写真では地盤は傾斜しているが基礎レベルは水平に見える
楯築遺跡1
今回はお宝を見せて貰えるとのことで訪問、墳丘の形と葺石確認の画像です
楯築遺跡2
西側の墳丘の形、木の奥に例の楯石が
楯築遺跡3
私が最初に訪問したのは、日本にもストーンヘンジがあるとの記事からだった
楯築遺跡4
説明にも熱が入るU氏、話を聞いていない人が一人ポーズをとっている!
楯築遺跡5
遺跡の名前には響きのないものが多いが楯築はイメージが伝わる、読めないタテツキの漢字画像が後半に
楯築遺跡6
鬼ノ城との関係は後付け話にしても他所にはない独特な遺跡
楯築遺跡7
ジャジャーン!! とBGMを入れたいところです、本物、レプリカではない
楯築遺跡8
亀石、孤帯文石、ご神体、縦90cm 厚さ20-30cm
楯築遺跡9
これと同様な文様は弥生時代の特殊器台にも、古墳時代の呪術的文様直弧文の源流
楯築遺跡10
正面(左側)には顔の表情が
楯築遺跡11
順番待ち、通常はあの狭い窓からしか見ることが出来ませんが今日は地元の人に開けてもらいました
楯築遺跡12
たてつぎぐう と読む、彫りは最近のものですが字体は神社に実際あったものを模写したとのこと
楯築遺跡13
発掘時の写真、本でしかみたことがないもの
楯築遺跡14
棺の上に割られて置かれていたもの、鯉食神社でも発見されている
楯築遺跡15
最大のお宝、これが30kgの朱の一部です、粉状のようです、いい色をしている
楯築遺跡16
写真一覧、翡翠の勾玉もあったとか、これで鏡が出ていれば○○○の墓
楯築遺跡17
冷えたお茶のお接待まで戴きました、有難う御座いました

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