操山・旭東平野周辺の遺跡・史跡
網浜茶臼山古墳1
岡山市赤坂南新町−古墳の手前にある「馬の足形岩」、説明板次ページだが足形は盃状穴では
網浜茶臼山古墳3
前方後円墳、92m、操山109号に継ぐ最古段階の古墳
網浜茶臼山古墳4
昨日は寒かったが今日は風がなく最高の散策日和に
操山109号墳1
東山墓地の西南端、前方後円墳、76m、墓地造成により原型を留めていない、吉備でも最古段階の古墳
操山109号墳2
南側前方部から後円部を見る、都月型埴輪、特殊壺型埴輪採取されている
操山109号墳3
前方部より南東方向、当時は山際まで海
湊茶臼山古墳1
125m前方後円墳、操山109号、網浜茶臼山古墳に継いで築造された古墳前期時代後半の古墳と言われ、4年間の発掘調査進行中
湊茶臼山古墳2
前方部から後円部を見る
湊茶臼山古墳3
後円部から前方部を見る。次からの画像は11月22日の現地説明会の時に撮影したものです。
湊茶臼山古墳5
後円部西トレンチ上部から
湊茶臼山古墳6
後円部西トレンチ側面。盛土の色の変化に注目
湊茶臼山古墳7
後円部北トレンチ
湊茶臼山古墳8
後円部北トレンチ
湊茶臼山古墳9
前方部側面中央トレンチ下から、窪み部分が前方端部と見られる
湊茶臼山古墳10
前方部側面中央トレンチ上から
湊茶臼山古墳4
後円部西側トレンチ下側から、葺石が見あたらない
湊茶臼山古墳11
前方部側面南トレンチ
湊茶臼山古墳12
前方部中央下側トレンチ、葺石のように見えるものは前方部端から外れた部分の捨て石
湊茶臼山古墳13
前方部中央上側トレンチ下から
湊茶臼山古墳14
前方部中央上側トレンチ上から
湊茶臼山古墳15
前方部東トレンチ
湊茶臼山古墳16
出土品、これらから金蔵山古墳より新しいのではないかとの見解が生まれた
湊茶臼山古墳17
出土品
百間川遺跡1
百間川の室町時代の橋梁、移築復元
百間川遺跡2
竪穴式住居跡、3枚のパノラマ合成写真、道路が曲線になっているのはその影響
百間川遺跡3
百間川から芥子山を望む、芥子山には何故か古墳が一つもない、旭東平野からは真東に当たり聖なる山であったのでは
賞田廃寺1
全景、2枚パノラマ合成写真、復元整備がこれで終了とは、夢も何もないではないか!
唐人塚古墳1
賞田廃寺に隣接、県下の巨石墳の中では最後に築造、整美な石材
唐人塚古墳2
石棺はブランド竜山石、石室全長8.9m
唐人塚古墳3
古代の有力豪族上道氏の拠点、次世代に賞田廃寺へと続くのであろう
唐人塚古墳4
今回は旭東平野の年譜を辿る探訪
幡多廃寺跡1
旭東平野には先ほどの賞田廃寺、ここ幡多廃寺、それに居都廃寺の3カ所が確認、上道氏か
幡多廃寺跡2
県下最大の塔芯礎、芯礎には被熱痕
一日市古墳1
墳長57mの中型前方後円墳、木が生い茂り墳丘確認出来ないが後円部頂部盗掘痕
一日市古墳2
後円部、古代吉井川は現在より約1km東を流れており本墳の周囲には現在より広い平野が広がっていた
吉井水門1
倉安川 吉井水門、津田永忠が吉井川から旭川に至る20kmの倉安川を掘削、石垣は当時のまま
吉井水門2
船を回す場所、船だまり
吉井水門3
二つの水門で水位差を調整、日本で最古の閘門(こうもん)、世界遺産登録を目指す
吉井水門5
高梁川にもほぼ同時期の高瀬通し水門がある(新船穂橋の少し上流に)
吉井水門6
水門
浦間茶臼山古墳1
前方部側面、墳長138m前方後円墳、前方部がバチ型に開く最古形式
浦間茶臼山古墳2
前方部の段、前方部2段、後円部3段
浦間茶臼山古墳3
後円部頂部、奈良箸墓古墳の1/2相似形、巨大な勢力を持った吉備勢力の始まり
浦間茶臼山古墳4
後円部から前方部を見る
浦間茶臼山古墳5
北西部、浦間・旭が丘方向を望む

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