吉備の中山と周辺の遺跡・史跡
吉備津彦神社
2009年最初の例会は、一つの小さな山に二つの一宮がある神奈備山、吉備中山です
成親供養塔・供養塔下古墳1
藤原成親を供養する五輪塔、横穴式石室がその下にある
成親供養塔・供養塔下古墳2
横穴式石室正面
成親供養塔・供養塔下古墳3
玄室は小さめで石組みも精緻ではないが奥壁はほぼ1枚構造
キビノミノボロスゲ
なんと読むの? ぼろ助? 何これ?
キビノミノボロスゲ2
標識下を見ても単に雑草があるだけ???
キビノミノボロスゲ3
「吉備のミノボロに似たスゲ」と云う意味らしい、日本では岡山だけに自生する珍しいもの
一宮神力寺跡
礎石、8世紀代には維持されていた
尾上車山古墳1
前方後円墳全景、樹木が伐採されこの位置から古墳の形が良く見えるようになった
尾上車山古墳3
後円部より前方部をみる、古墳時代前期、墳長135m
尾上車山古墳4
前方部より後円部をみる、段が良く分かる、海上交通路を意識して立地
尾上車山古墳5
当時は目の前は海、矢坂山を望む
尾上車山古墳6
今回は珍しく20代の若者が数名参加、U氏の説明にも熱が入る
矢藤山古墳1
特殊器台や特殊器台形埴輪が出土、弥生時代の墳丘墓から前方後円墳墓制変換点のもの
矢藤山古墳2
雑木が生い茂り墳丘の形を確認出来ない、墳長35.5m
中山茶臼山古墳1
大吉吉備津彦命墓として宮内庁管理下、立ち入り不可、前方後円墳120m
中山茶臼山古墳2
散策路東側から前方部墳丘を見る、左奥の盛り上がり部分
中山茶臼山古墳3
前方後円墳の後円部を見る、中央部樹木の奥の盛り上がり
穴観音2
八徳寺の本尊が観音であることから八徳寺の奥の院の見方も
石船古墳群1
石船古墳の上部に3基の古墳、横穴式石室、名前は付いていない
石船古墳群2
玄室状態を覗けるのは中央のこの古墳のみ、他は崩壊激しい
石船古墳群3
いずれも南に開口
石船古墳群4
石船古墳1
6世紀、石室長5.33m 中の石棺にいつも水が溜まっていて潮の干満で変動すると伝えられている
石船古墳2
円墳もしくは方墳、吉備津彦命に敗れた温羅の墓の説も
石船古墳3
石棺はブランド品竜山石、蓋の半分は吉備線備前一宮駅のホームに保存
石船古墳4
石室幅1.5m 無袖 吉備の有力豪族三野氏の古墳で神力寺廃寺へとつながるのか
環状列石
縄文時代後期以来の祭祀跡、表示には環状石籬(せきり)、籬とは垣根の意味
環状列石2
ストーンサークルと云っているが英国や東北・北海道に見られる明確な円形のものではない
休み岩
?? 表示はあるが意味不明
元宮磐座
竜王山、吉備津彦神社の元宮と伝えられる磐座
元宮磐座2
岩の頂部にある盃状穴
八大竜王1
雨乞いをする八匹の竜を祀る祠、手前には経怐i鎌倉時代)、三角縁神獣鏡が出土している
八大竜王2
竜王山から望む岡山市街地
天柱岩1
竜王山から急な道を下ったところ、背面から撮影
天柱岩2
山麓の福田海の海主中山通幽が天柱と刻んでから天柱岩と呼ばれる
天柱岩4
天柱岩を見上げるみなさん、この足元も階段状に加工されており手すりも
天柱岩3
縦2枚の合成、周囲からは鎌倉時代の土師器片が採取、中世以前からの磐座
ダイボウの足跡1
大きな坊さんの足跡と云う窪地、細谷川の水源としての祭祀場所か
ダイボウの足跡2
窪地にある井戸、いまでも水が滲み出ている
奥宮磐座1
八畳岩とも云う、多数の土師器片採取
奥宮磐座2
疑問:一つの山に何故沢山の磐座があるのか、祀る集団が異なるのか? よろずの神故か?
鏡岩
この南面は昔は光っていたのか
鏡岩2
今回はN氏の説明主体、初参加者には聞き慣れない言葉が多かったのでは
八徳寺
山岳仏教盛況時には金堂があった場所、近くに山桜(平安桜)大木あり
古代吉備文化財センター1
センター三薗氏の説明、プラスU氏追加説明
古代吉備文化財センター2
左:円筒埴輪、中央:特殊器台形埴輪、右:特殊壺、右端:壺と器台
古代吉備文化財センター3
特殊器台から埴輪への説明
古代吉備文化財センター4
特殊器台
古代吉備文化財センター5
銅鐸埋設復元、ある時期に各地で埋設されるがヒダ部分を上にした一定の埋設方法
福田海と鼻ぐり塚1
鼻ぐり塚古墳、6世紀後半の横穴式石室の上に鼻輪の山
福田海と鼻ぐり塚2
馬頭観世音菩薩 憤怒の形相の三面六臂
福田海と鼻ぐり塚3
内部には鼻輪を溶かして造った阿弥陀仏の名を刻んだ板、奥壁の構造から古い年代に属する
福田海と鼻ぐり塚4
大正14年に法人福田海開祖が創設、全国のと場から送られてくる
福田海と鼻ぐり塚5
天井の瑞龍は左甚五郎の作と伝う、八卦の印
福田海と鼻ぐり塚6
磐座

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