総社市西部・真備町の遺跡・史跡
岩畳神社1
延喜式神名帳にある 備中18社の1社。尚、倉敷市では足高神社と菅生神社の2社のみ。
岩畳神社2
以前あった掲示板には「上古より神殿を設けず20数米の磐石を以て神の御室と定め石畳の神と奉称す。大和の国三輪の大神の三輪山を以て神の御室と定め給えるが如し」
岩畳神社3
高さ55m 川底からはもっとありそうだ
岩畳神社4
高梁川がU字に曲がる箇所、川が物流の基本である昔はこのような水難危険箇所の岩が磐座に
秦原廃寺1
飛鳥時代に秦氏造営か 地名はハダ(秦)
秦原廃寺2
今は塔芯礎があるだけ 北約700mに製鉄に関係する姫社神社がある
秦原廃寺4
廃寺とは無関係ですが「日本廻国」の塔は珍しい。法華経を書写し、全国六十六箇所の神社仏閣をめぐって、その法華経を奉納する行為。
金子古墳群1
サンピア総社前、金子(かなご)2号墳、一辺17mの方墳
金子古墳群2
1号墳 8.1*8.3mの方墳 はそう(瓦へんに泉)出土
金子古墳群3
1号墳 箱式石棺
金子古墳群4
現地で説明があった「はそう」はこのような形のもの。酒器とも楽器とも云われるが不明!
金子石塔塚古墳1
金子大池奥にある円墳、多数の馬具・武器、鍍金太刀把頭飾り出土
金子石塔塚古墳2
石室全長11.65m 玄室長5.5m 高さ2.4m 奥壁1枚石
金子石塔塚古墳3
井原市浪形産の貝殻石灰岩の家形石棺
金子石塔塚古墳4
全員入ることが出来、熱気に蝙蝠逃げ出す
長砂2号墳1
民家の裏山急斜面に、一辺9m程の方墳、古墳時代終末期
長砂2号墳2
県下唯一の横口式石槨、精緻な石加工、播磨亀山石製2.03m*0.86m*0.57m
長砂2号墳3
ここにもありました日本廻国、寛政3年(1792年)、数年かけて廻るエネルギーが凄い
長砂2号墳4
廻国供養塔は88箇所の像と並んで。名も無き人が天下泰平・五穀豊穣・天下安寧・五穀成就を願って巡礼する、六十六部とも六部とも云う
西遺跡公園1
工業団地(ウィングバレー)造成時に古墳51基、製鉄遺跡5箇所、集落跡3箇所発見
西遺跡公園3
製鉄に使用する炭窯、炭をかき出しのための側面穴が特長
西遺跡公園4
炭窯内部、団地から15基発見、7世紀
西遺跡公園5
沖田奥6号墳 移築復元円墳
箭田大塚古墳1
吉備3大古墳の一つ、46m円墳、こうもり塚古墳と同時期
箭田大塚古墳2
こうもり塚古墳との比較、前方後円墳 VS 円墳、家形石棺 VS 箱式石棺
箭田大塚古墳3
長い羨道と玄室をもっており、全長 は19.1m、玄室の長さは8.4m、幅3m、高さ3.7m
箭田大塚古墳4
奥壁1枚、天井石4枚、石棺3基、石棺は箱石相互兼用や石室側面利用などがあり石室規模とのアンバランスは何かを物語るのでは
箭田大塚古墳5
奈良石舞台規模の石組みを見上げるみなさん
黒宮大塚墳丘墓1
墳丘頂に大塚八幡宮鎮座、28m*30m長方形
黒宮大塚墳丘墓2
竪穴式石槨が露出、弥生墳丘墓の埋設施設を見ることが出来るのは珍しい
二万大塚古墳1
吉備中枢の横穴式石室の前方後円墳では最古のもの
二万大塚古墳2
石室崩壊危険性から封鎖されており内部を見ることが出来ない
二万大塚古墳3
墳長38m、石室位置はくびれ部より少し前方に、ちょっと変わっている
勝負砂古墳1
墳丘部より5mも下にあったことから盗掘を免れた貴重な古墳
勝負砂古墳2
現在は埋め戻されて何もないので、2007年5月20日現地説明会の画像を載せます
勝負砂古墳3
考古学者が一生に一度会えるかどうかの未盗掘古墳と、説明者の熱い語りが印象的でした
勝負砂古墳4
鎧の頭部分が確認出来ます
天狗山古墳1
帆立貝形古墳、ここの竪穴式石槨も頂部から5mだった
天狗山古墳3
石槨の壁面は白色粘土を詰め込みながら石材を積上げ、壁面に赤色顔料塗布などの朝鮮半島の類似性がある
天狗山古墳4
今日はよく蚊・ブヨに食われた、彼らにとっては御馳走日

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